丸山晋司氏、古田派界隈を語る―逸年号のことなど―

2020年2月15日 10:10から2020年3月7日 20:33までのtweet集成


古田武彦後継者地図。①東京古田会、古田史学研究会などの『東日流外三郡誌』丸抱えグループ ②『三郡誌』を横に置いといての「百花繚乱」グループ(主にブログが中心) ③youtubeとツイッターを駆使しての福永晋三支持者グループ(総てが豊国に収斂される) そんなものかな?(増補あり)
2020年2月15日 10:10

今、最もアクティブなのは③のグループみたいな気がする。『東日流外三郡誌』を抱え込んでいては、世の中に影響を与えることはとても出来ない。
2020年2月15日 10:14

『東日流外三郡誌』を批判出来ないグループは、一ト言で言って「古賀グループ」だ。
2020年2月15日 10:21

『東日流外三郡誌』を丸抱えしながらの「百花繚乱」はあり得ないので、新しい説を打ち立てる時には、新和田喜八郎にでも現れてもらって、別の「古文書」を作ってもらうしかない。
2020年2月15日 10:44

しかし、リアル社会では書籍などを定期的に出している①グループが優勢なんだな。優勢どころか独壇場な訳で...。(小さなパイを取っているのが一つのグループだけという...。)
2020年2月16日 04:48

わたしはツイッター人間なので、リアル社会の人にも「ツイッターに入って来いよ」と思ってしまう。「本を出しても論議にならへんやろ」と思ってしまう。他方ブログの人は閉じこもっているように思えてならない。(本当はツイッターの方が閉じこもってるのかなあ、よく分からない。)
2020年2月16日 04:54

ブログの人には「ツイッターに出てこいよ」と思うので、リアル社会の人にはそれなりの敬意を払ってるのかな?(よく分からない。)
まあリアル社会たって、自説古代史で本を出すような人は、その部分では、結局は夢見る夢子ちゃんなのだと思う。(ツイッターと偉ろう変わらん。)
2020年2月16日 05:05

「本を出しても論議にならない」というのは本当で、自分たち同士で結構「議論」し合っているとしても、仲間内の議論になってしまい、自分たちの抜けているところに気付かない。本を出しても別世界の人からはハナから相手にされない。ここは挑戦的にツイッターを始めてみるべきではなかろうか。
2020年2月16日 08:08

で③グループについては、福永晋三氏への個人崇拝的傾向を感じるので、↓のことは指摘しておきたい。特にわたしは「年号オタク」なもので、福永氏には簡単に「古田氏が『未論証』」の「九州年号」を、「豊国年号」などと言い換えて「論証されたもの」のように扱ってはほしくない。信頼性が損なわれる。
2020年2月16日 11:57

一つ、二つのところで、杜撰な資料の扱いがあれば、その他のところでもそんなことがあるのではないかと、心しておくのは重要なことだと思う。
2020年2月16日 12:26

@t0_yan
さんは②グループに入る人と思うが、やはり根拠なく「九州年号」の「実在」を「信じて」おられた。それぞれ一人一人が自信を持って語れるようにしておかなくては駄目なのではないか。「年号の実在」なんて「国家の根本」のはずだ。ここを逃げるようでは駄目と考える。
引用リンク
2020年2月16日 15:47

福永晋三支持者の中には、かなりの噛み付き魔がいるように見えてきた(わたしに関してはこの部門の噛み付きは歓迎している)。政治的な『れ新』支持者にも似て、youtubeを見て勧誘もあるようである。
2020年2月22日 04:19

福永晋三氏についての印象が固まってきた。①古田説の無批判な利用(九州年号、筑紫舞) ②系図等に関しては、作成年代なども検討することなく、こちらも無批判な利用
以上のことで違う事実があれば、「ツイッターで」お教え戴きたい(ブログを読めとかはなし)。
2020年2月22日 04:28

引用リンク
2020年3月3日 20:21

そもそも「『襲国偽僭考』によれば」というのが間違いで、「『襲国偽僭考』が引用した高安芦屋『和漢年契』によれば」としなければならない。
2020年3月1日 08:26

引用リンク
2020年3月1日 10:07

引用リンク
2020年3月1日 10:09

福永ファンは心すべきと思うが、年号論に関しては、福永氏は古田氏同様、史料の来歴などに考慮を払わない人です。
2020年3月1日 10:31

くどいが、『襲国偽僭考』に「中元」「果安」の年号が載っているなんて理解は、本当に駄目ですからね。(引用関係が分からなければこのことについて語る資格なし。)ここで大元の『和漢年契』著者高安芦屋(ろおく)について書かれた平凡社『人名辞典』を引いておきます。
2020年3月1日 18:19

【高安芦屋】大阪の儒者。名は昶。通称荘次郎。芦屋山人と号した。流蕩落{白+鬼}、傭書を生業とし、身に垢衣を著け、妻子なく、老父母に仕へて心充足す。性は放誕にしてややもすれば無根の話を作っては人を騙し、或は筆記して世間に伝播した。人就いて之を質せば笑って答へず、さらに一新話を作り出し
2020年3月3日 21:23

(略)頼春水の如きもしばしば誑されてのち之を覚ったといふ。因って人に語って曰く、芦屋の虚誕を吐くは客に茶菓を供するがごとしと、衆人以てまことに然りとなした。『和漢年契』『都会節用集』などの著書がある。(浪華人物誌)
次に『和漢年契』の紹介。奥野彦六『日本歴史年表史』(一九七二年)
2020年3月4日 22:00

「和漢年契」は非常に売れたものと見えて、今でもその古本を求めるのに困難しない。版行された順序は次のとおりと思われる。(略)そして寛政九年(一七九七)に新版がでてから安政二年の重●本までの年数を数をかぞえると、五十八年間になる。一つの本について、五十八年の生命は長い方であろう。
2020年3月7日 20:11

本棚の上に飾られていたわけはなく、辞典と同じように現役として歴史を必要とする人たちに使われていたことは珍しいことと思われるが、その半面に、それは徳川時代の庶民が歴史にいかに関心があったかを物語るものとみてよい。(略)
と、大体は褒めているようである。(中身に踏み込んでいない。)
2020年3月7日 20:33

そもそも奥野彦六氏は「古代年号」等には関心がなく、「否定しておくべきものとすら思っていない」状態(これらは「偽年号」に決まってるだろ?)だったと思われるので、注意喚起をしなかったのだと思う。
2020年3月8日 10:50