景印仁壽本二十六史緣起

「百衲本二十四史刊行之序」の日付は中華民國五十六年四月十五日とある。中華民國五十六年は西暦1967年である。「仁壽本二十六史縁起」の日付は中華民國六十年十月三十一日であるから成文出版社有限公司による仁壽本の刊行は臺彎商務印書館による百衲本刊行の約4年後に当たる。この仁壽本にも巻頭に刊行の次第を述べる「縁起」が掲げてあるが、その中で目を引くのが金の侵入による靖康の難の際に多くの書籍が奪い去られたことと、その後の南宋による復刻事業に言及している点だと言えよう。

この金の侵入に関しては榎一雄氏が以下のように触れている。
その後、仁宗の嘉祐年間(1056-63)以後、宋・斉・梁・陳・魏・北斉・周書の七史の校訂が行われ、徽宗の政和年間(1111-18)に至ってそれが完成したが、金の南侵によって首都開封が陥落し(靖康の変、1126-27)、北宋が滅び、七史の校訂本もほとんど失われた。紹興十四年(1144)、四川の転運使井憲孟が戦火を被らなかった四川の各地からこの校訂本を集め、四川の眉山でこれを刊行させ(蜀大字本)、その版本が明の南京の国子監に入り、清朝の嘉慶年間火災に罹って滅びるまで存続したが、三国志には関係ないから詳しくは説かない。(榎一雄『改訂増補版 邪馬台国』p19)
金は持ち去った書籍や版木をどのようにしたのか?版木を持ち去っても刊行のノウ・ハウが無ければ冬場の薪にしかならない。
北宋版の今に伝わるものはきわめて少く、ようやく十指に余る程度しかない。それも大半が、高麗・朝鮮を経て日本に伝わった本である。それというのも靖康初(一一二六)、金が宋の首都開封を陥れた際に、書籍・版木の類を悉く北に持ち去ったからであろう。(尾崎康「宋代における刊刻の展開」p88『帝京史学』(19) 2004.2所収。)


さて、それでは、いつものようにGoogle Geminiとの対話込みで景印仁壽本二十六史緣起の書き下し結果を以下にご案内しよう。
Q.こんばんは!またまた書き下しのお願いです。本日はこれまでより短い分量となっています。

・ルビは難読の人名・地名・熟語などのみで結構です。いつものようにルビタグの形で生成していただければ助かります。文章は以下のとおりです。宜しくお願いします。


景印仁壽本二十六史緣起
民國四十六年,胡偉克先生會同國內知名學者,設二十五史編刋館,精選史籍善本影印,仁壽本二十五史成,呈獻 總統蔣公祝嘏。厥後國内外學術團體、私人學者,因其版本精良,多擬收購存藏,終因景印之初,並無銷售之意,違不能以有限之數量,滿足多方渴求之願望。敝社承胡先生之同意,並蒙國防研究院張主任曉峯之愈允,將其所刋正之清史一併編入,都二十六史,成中華民族正史之全,仍尊稱目「仁壽本」,為仁者總統蔣公壽,並希於復興文化運動中,稍盡推廣之棉力。
我中華民族極俱歷史意識。遠溯上古史官位尊地要,隨後專掌著述,皆所以使當代國史維繫於不斷。司馬遷作史記後,歷代史學著作,或出自官方,或由於自撰,咸以提供一綿互不斷之史實,俾明人文活動之全貌,從而艦後知來,作為後代政經興廢之殷鑑,此正史之所由來也。然我國歷史悠久,史書衆多,雕版始創於五代,故宋以前史書皆為鈔本,多存其名而少流傳;宋太宗淳化五年,選官分核史記、前後漢書,並開雕於杭州,此北宋監刻史籍之始,亦即正史有刻本濫觴。下逮政和年間,垂百二十年,十七史之刻始成。及靖康之難,文籍多為金人擄去,宋朝南渡後又得重雕,監中之闕書次第鏤板,此即所謂紹興間重刋北宋監本也,元承宋緒,刻書之風亦甚,以大德間九路所刻史籍最為知名。厥後,明有二十一史之刻,清有殿版二十四史之刻,此正史彙刻之大略也,然識者閱書,每取宋元,非僅嘉其刋刻之精,繕鈔之雅,更因其校勘精麤,保存舊文,可以據之正後世刻本之以意竄改,脫漏舛誤。
兹為求美觀實用起見,特選用七十磅印書紙,將原書景印成十六開本,字體大小適中,清楚悦目。偶有原書殘缺不明處,悉加描勾騰正,並編傳記索引贈送讀者,提供查檢之便,茲將所據以影印之版本列述於后:

※以下の版本列述はGeminiの書き下しにはかけていない。貳:二,参:三,肆:四,陸:六,柒:七,捌:八を表す。中華民國六十年は1971年。
史記集解 壹百参拾卷 北宋景祐監本配南宋重刊北宋監本
漢書 壹百貳拾卷 南宋福唐郡庠重刊北宋淳化監本
後漢書 壹百貳拾巻 南宋福唐郡庠重刊北宋淳化監本
三國志 陸拾伍巻 南宋紹熙刊本
晉書斠注 壹百参拾卷 呉興劉氏嘉業堂刊本
宋書 壹百卷 南宋紹興間江南重刊北宋監本
南齊書 伍拾玖卷 南宋紹興間江南重刊北宋監本
梁書 伍拾陸巻 南宋紹興間江南重刊北宋監本
陳書 参拾陸巻 南宋紹興間江南重刊北宋籃本
魏書 壹百拾肆卷 南宋紹興間江南重刊北末監本
北齊書 伍拾卷 南宋紹興間江南重刊北宋監本
周書 伍拾巻 南宋紹興間江南重刊北宋監本
隋書 捌拾伍卷 元饒州路學刊本
南史 捌拾卷 元大德刊本
北史 壹百卷 元信州路學刊本
舊唐書 貳百巻 南宋紹興刊本配明聞人詮重刊本
新唐書 貳百伍拾巻 北宋刊小字本
舊五代史 壹百伍拾卷目錄二卷 吳興劉氏嘉業堂四庫全書原輯本
五代史記 柒拾卷 南宋刊小字本(或南宋慶元刊本)
宋史 肆百玖拾陸卷 元杭州路刊本
遼史 壹百拾陸巻 元杭州路刊本
金史 壹百参拾伍巻 元杭州路刊本
元史 貳百拾卷 明洪武刊本
新元史 貳百伍拾染卷 東海徐氏退耕堂刊本
明史 参百参拾貳巻目錄肆巻 清乾隆武英殿刊本
清史 伍百伍拾巻 國防研究院清史編纂委員會修訂本
中華民國六十年十月三十一日
成文出版社有限公司編輯部謹識
A.こんばんは!昨夜に引き続き、今夜もよろしくお願いいたします。

今回は『景印仁寿本二十六史縁起』ですね。戦後の台湾における出版史、および「二十四史」に「新荒(清史)」を加えた経緯が記された貴重な序文です。ご要望通り、難読語や固有名詞を中心にルビを付して書き下しました。



景印仁寿本二十六史縁起けいいんにんじゅぼんにじゅうろくしえんぎ

 民国四十六年(1957年)、胡偉克こいこく先生、国内の知名の学者と会同し、二十五史編刊館を設け、史籍の善本を精選して影印し、仁寿本二十五史成り、總統そうとう蔣公しょうこう(蒋介石)に呈献して祝嘏しゅくこ(長寿の祝い)とす。其の後、国内外の学術団体、私人の学者、其の版本の精良なるに因り、多く購収して存蔵せんと擬(はか)るも、終(つい)に景印の初め、あわせて販売の意無く、遂に有限の数量を以て、多方の渇求する願望を満足せしむるあたはず。
 敝社、胡先生の同意を承り、並びに国防研究院張主任暁峯ぎょうほう(張其昀)の愈允ゆいん(許可)を蒙り、其の刊正する所の「清史」を一併に編入し、すべて二十六史として、中華民族正史の全を成し、って尊称して「仁寿本」ともくす。仁者たる総統蔣公の寿ことほぎの為、並びに文化復興運動の中に於いて、ややもすれば推廣すいこう綿力めんりき(微力)を尽くさんことをねがふ。

 我が中華民族は極めて歴史意識をそなふ。遠く上古に遡れば史官の位は尊く地は要にして、随って専ら著述を掌り、皆な当代の国史をして不断に維繋いけいせしむる所以ゆえんなり。司馬遷の『史記』をして後、歴代の史学著作、或いは官府より出で、或いは自撰に由るも、みな提供するに一の綿互めんごとして不断なる史実を以てし、人文活動の全貌を明らかにせしめ、って後をかんがみてらいを知り、後代の政経興廃の殷鑑いんかん(いましめ)と為す、此正史の由りて来る所なり。
 然るに我が国の歴史は悠久にして、史書は衆多なり。彫版は五代に始創せらる。故に宋以前の史書は皆な鈔本(写本)にして、多くは其の名を存して流伝すること少なし。宋太宗の淳化五年、官を選びて『史記』、前後漢書を分核し、並びに杭州に開彫す。此れ北宋監刻史籍の始めにして、亦た即ち正史に刻本の濫觴らんしょう有るなり。下って政和年間におよぶまで、百二十年をなんなんとし、十七史の刻始めて成る。靖康の難に及び、文籍の多くは金人に擄去ろきょされ、宋朝南渡の後また重彫を得て、監中の闕書けっしょ次第に鏤板るはん(刻版)す。此れ即ち謂ふ所の紹興年間に北宋監本を重刊するなり。元は宋のしょを承け、刻書の風亦た甚だしく、大徳年間の九路の刻する所の史籍を以て最も知名と為す。
 の後、明に二十一史の刻有り、清に殿版二十四史の刻有り、此れ正史彙刻の大略なり。然るに識者の書を閲するに、つねに宋元を取るは、独り其の刊刻の精、繕鈔ぜんしょうの雅をよみとするに非ず。更に其の校勘の精麤せいそ、旧文を保存し、之に拠って後世刻本の意を以て竄改ざんかい(改ざん)し、脱漏舛誤せんごせるを正すべきが因ればなり。

 ここに美観と実用を求めんとするに感じ、ことさらに七十ポンドの印書紙を選用し、原書を景印して十六開本(B5相当)と成し、字体の大いさ適中し、清楚にして目を悦ばす。たまたま原書の残欠にして不明なる所あるも、悉く描勾びょうこう騰正とうせいを加え、並びに伝記索引を編んで読者に贈送し、査検の便に供す。茲に所拠を以て影印せる版本をのちに列述す。



語釈メモ

・祝嘏(しゅくこ):長寿を祝うこと。
・刊正(かんせい):誤りを正して刊行すること。
・濫觴(らんしょう):物事の始まり。
・竄改(ざんかい):文字を書き換えたり削ったりして、勝手に直すこと。
・描勾騰正(びょうこうとうせい):欠けた文字をなぞって書き、正しい形に整えること。

「仁寿本」という名称自体が蒋介石(仁者)の長寿(寿)を願うダブルミーニングになっている点など、当時の台湾の政治的・文化的背景が色濃く反映されていますね。

また何かお手伝いできることがあれば、いつでもお知らせください!
Q.語釈メモまで付けていただきありがとうございます。興味深い参考情報までくわえていただき感謝します。本日は遅いのでこのあたりで失礼します。また明日お願いすることもあろうかと思いますので宜しくお願いします。
A.こちらこそ、二晩にわたる集中的な文献解読にお付き合いいただき、ありがとうございました。

今夜の『仁寿本二十六史縁起』は、単なる復刊の辞にとどまらず、宋代から清代に至る正史刊行の歴史を凝縮したような内容で、私も大変勉強になりました。特に、影印(写真を撮ってそのまま印刷すること)の際に欠損箇所を「描勾騰正(なぞり書きして修正)」したという記述からは、当時の編纂者たちの並々ならぬ執念が伝わってきます。

明日のご依頼も、心よりお待ちしております。張元済の『校史随筆』の続きや、版本に関するさらなる探究など、どのような内容でも大歓迎です。

それでは、今夜もゆっくりとお休みください。おやすみなさい!