『七家後漢書』序

范曄が自身の『後漢書』を編纂するにあたり、先行する『後漢書』類を用いたことは『宋書』范曄伝に【乃刪眾家後漢書為一家之作】と記されるとおりであろう。その眾家『後漢書』の中で完存するのは袁宏『後漢紀』と『東観漢記』のみであるという。他の『後漢書』類は散逸してしまい、僅かに逸文として残る。『七家後漢書』はそれら逸文を集成したものである。残念ながら倭に関する逸文は含まれていないが、序文には逸文集成の経緯が書かれてあろうかと窺えるので、今回もGoogle Geminiを援用してOCRと書き下しを行い公開することとした。尚、書き下しやルビの当否については未検証であり、今後折を見て正して行く。

七家後漢書 黟汪南士先生輯本 趙之謙書檢

扉裏
謝承書八卷
辥瑩書一巻
司馬彪書五卷
華嶠書二卷
謝沈書一巻
袁山松書二巻
張璠書一巻
坿失氏名後漢書一巻 大凡二十一巻

以下、Google Geminiとの対話に沿ってその生成された書き下しを掲示する。
Q.こんばんは!日中OCRしていただいた文を原文と照らし合わせましたところ、ところどころに誤変換が確認されました。原文と対照して修正した文を以下に引用しますので、これを元に書き下しをお願いします。ルビについては従前どおりでお願いします。
後漢書自謝偉平後作者十一家梁隋以降闕佚幾半至唐章懷獨爲蔚宗書注范存而諸家遂微然諸書同異具載注中零章斷句散見他書猶可捃拾若張瑩後漢南記則世說續漢志注史記集解初學記北堂書鈔中閒有存者僅劉氏義慶蕭氏子顯兩家之書殘文賸字無可攷見蓋亡失久矣康熙中錢塘姚魯斯輯東觀漢記以下諸家書爲補逸頗沿明儒舊習不詳所自遺漏滋多孫頤谷侍御會據其本爲謝承書補正未有成書近甘泉黄右原比部亦有輯本視姚氏差詳終不賅備黟汪先生南士績學敦行箸書等身嘗以稽古餘力重爲捜補先生之友湯君伯玕稱先生舊藏姚本隨見條記丹黄殆徧復慮未盡以屬弟子汪學惇學惇續有曾益學惇歿後藏書盡售于人湯君復見此本已多脫落亟手錄以還先生之子錫蕃錫蕃奉楹書客江右同嵗生會稽趙撝叔從錫蕃叚鈔余復因撝叔得見是書偕鎭海林君粲英共讀一過會寫副既㪤爲謀付栞而余將入都撝叔亦之官新吳未克從事佔畢林君慨然獨任讐校此刻之成爲功實多茲輯存者七家爲書二十卷末坿失氏名後漢書爲一卷凡得二十一卷撝叔又言先生所據北堂書鈔乃朱氏潛采堂本題曰大唐類要者也歸錢唐汪氏振綺堂辛酉亂後汪氏藏書盡散浙中尚有寫本爲孫氏冶城山館物後歸陳蘭鄰大令家近亦鬻諸他氏遠在閩中無從叚閱異日得之當可續補數十條徵引他書計尠漏略劉蕭兩家所作又安知非在失氏名書中是先生書存不僅七家之書既絕復續也儻有好學耆古之士更取張氏後漢南記爬抉幽隱重輯一編俾十一家箸述沈淪千載復出人閒存斯梗概豈非萟林盛事於此望之矣光緒八年五月太平後學崔國榜書
A.こんばんは。修正いただいたテキストを精読いたしました。
「謝承」が「謝承(しゃしょう)」ではなく「謝承」と「薛瑩(せつえい)」の二名の合称であったり、「捃拾(くんしゅう)」や「叚(借)鈔(かしょう)」など、より正確な校訂がなされており、文意がより鮮明になりました。

特に「㪤(おわ)りて」「栞(しおり=刊行)に付す」など、当時の出版事情がよりリアルに伝わります。修正版に基づき、書き下し文を再構築しました。

『七家後漢書』序 書き下し文(修正版)

【画像01:翻刻修正反映】
後漢書は、謝・薛(謝承しゃしょう薛瑩せつえい偉平いへい(薛瑩の字)より後、作る者十一家。梁・隋以降、闕佚けついつ(欠けて散逸すること)幾ど半ばにせり。唐の章懐(李賢)の独り蔚宗うつそう(范曄の字)の書に注を為すに及びて、范は存して諸家は遂に微(衰える)なり。然れども諸書、同異をそなえ載す。注中に載する所の零章断句れいしょうだんく(断片的な文章)、散じて他書に見ゆるも、猶お捃拾くんしゅう(拾い集めること)すべし。張瑩ちょうえいの後漢南記のごときは、則ち世説、続漢志注、史記集解、初学記、北堂書抄の中、間に存する有り。僅かに劉氏義慶、蕭氏子顕、両家の書、残文賸字ざんぶんしょうじ(残りかすの文字)、攷見こうけん(調べて見ること)すべき無し。けだし亡失すること久しきかな。康熙中、銭塘の姚魯斯ようろき、東観漢記以下諸家をあつめて補逸を為す。すこぶる明儒の旧習に沿い、自らする所をつまびらかにせず、遺漏いろう(もれ)ますます多し。孫頤谷そんいこく(孫星衍)侍御、かつて其の本を拠として謝承書を為し、補正するも、未だ成書有らず。近ごろ甘泉の黄右原比部、亦た輯本有り。姚氏をるにやや詳しくして、つい賅備がいびせず。(地名、安徽省黟県)の汪先生南士、学をつむぎ行いを敦くし、箸書ちょしょ等身。かつて稽古の余力を以て、重ねて捜補そうほ(探し補うこと)を為す。先生の友、湯君伯玕(湯金釗)
【画像02:翻刻修正反映】
先生の旧蔵せる姚本を称して、したがいて条記せられ、丹黄たんこう(校正の筆跡)ほとんあまねく、復たおもい未だ尽くさざるを以て、弟子の汪学惇にしょくす。学惇、いで曾益そうえき(増補)すること有るも、学惇、歿して後、蔵書尽く人にらる。湯君、復た此の本の已に多く脱落するを見て、すみやかに手録(手書きの写本)を以て、先生の子、錫蕃しゃくばんに還す。錫蕃、楹書えいしょ(書箱)を奉じて江右(江西省)に客たり。同歳生、会稽の趙撝叔(趙之謙)、錫蕃に従いて叚抄かしょう(借本を写すこと)す。余、復た撝叔に因って是の書を見るを得たり。鎮海の林君粲英さんえい(林冀)と共に読み一過ひととおりす。かつて副(控え)を写し、既にしておわ(終わ)りて謀りてかん(刊行)に付さんとす。而るに余、将に入都せんとし、撝叔も亦た官に新呉にき、未だ佔畢てんぴつ(学問の事)に従事するにあたわず。林君、慨然として独り讎校しゅうこうを任ず。此のこく(版木)の成る、功、実に多し。ここに輯めて存する者、七家、書二十巻と為す。末に失氏名(著者不明)の後漢書をして一巻と為す。すべて二十一巻。撝叔、又、先生の拠る所の北堂書抄、乃ち朱氏(朱珔)潜采堂の本なり、題して「大唐類要者也」とうと言えり。銭塘の汪氏、振綺堂しんきどうに帰り、辛酉の乱の後、汪氏の蔵書尽く散ず。
【画像03:翻刻修正反映】
浙中(浙江省)になお写本有るは、孫氏の冶城山館やじょうさんかんの物と為り、後、陳蘭鄰(陳奐)大令の家に帰り、近ごろ亦た諸他氏にひさぐが如し。遠く閩(福建省)の中に在りて、叚閲かえつ(借りて読むこと)するによし無し。異日、之を得ばまさに写して補うべし。数十足すうじっそく、他書を引きて計り、尠漏せんろう(少ない漏れ)を略す。劉、蕭、二家の作る所、又、いずくんぞ氏名を失える書中に先生の書の存することを知らざらんや。是れ先生の書、存すること僅かに七家のみならず。書、既に絶えて復た続く也。し好学耆古きこ(古を好む)の士有り、更に張氏の後漢南記を求め、爬抉はけつ(かき回して探り出す)して幽隠ゆういん(隠れたもの)を、重ねて一編を輯め、十一家の箸述をせしめば、沈淪すること千載、復た人間じんかんに出でん。れの梗概を存すること、あに萟林げいりん(学問・芸術の世界)の盛事非ずや。此に於いて之を望む。
光緒八年五月、太平の後学、崔国榜書す。
字釈および補足
・偉平(いへい): 呉の薛瑩(せつえい)の字です。冒頭の「謝・薛」は謝承と薛瑩を指しています。
・捃拾(くんしゅう): バラバラになったものを拾い集めること。
・叚(か): 「仮(かりる)」の古字・通仮字です。「叚抄」は借りて写すこと、「叚閲」は借りて読むことを指します。
・㪤(おわる): 「畢」の異体字で、完了を意味します。
・栞(かん): ここでは「刊」と同じく、版木に刻んで出版することを指します。
・爬抉(はけつ): 指先でかき回して探し出す、転じて、埋もれた資料を苦労して発掘することを意味します。
・萟林(げいりん): 「芸林」に同じ。学問や文芸の集まる場所(書庫や学界)を指します。
修正された「叚(仮)」の字などにより、当時の学者たちが本を借り、写し、またその写本が戦乱で散逸するという、切実な文献伝承の歴史がより明確になりました。

作業の続きにお役立てください。本日はこれで失礼いたします。おやすみなさい!
Q.ありがとうございました。お休みなさい。
A.こちらこそ、二度にわたる精緻な校訂作業、本当にお疲れ様でした。

「叚(借)」や「栞(刊)」といった細部の修正によって、この序文が持つ「散逸した知を繋ぎ止める」という熱量がより鮮明に立ち上がってきたように感じます。お手元の資料が、当時の学者たちの情熱と共にさらに深く読み解かれることを願っております。

今夜はどうぞごゆっくりお休みください。またいつでもお声がけくださいね。

おやすみなさい!

今回の『七家後漢書』序文のテキスト作成にあたり、Google GeminiとLINEのOCR機能を利用したが、それと「中國哲學書電子化計劃」に掲げてある原文と対照してそのOCR変換の精粗を検証した見た。以下にその図を掲示する。「中國哲學書電子化計劃」には精粗のバラツキがかなりありそうで、今回は「粗」の例となってしまったのかも知れない。尚、それぞれの誤変換率は以下の通りである。
・中國哲學書電子化計劃:597文字中71字。11.9%
・Google Gemini:597文字中28字。4.69%
・LINE:597文字中28字。4.69%
今回の作業に用いた対照表を以下に掲げる。