方位の信頼性

以上はすべてを記載どおりに追った場合について述べたものであるが、ここできわめて初歩的だが、重要な若干の考察を行って、判定地域の許容される広がりについて検討をしておく必要を感ずる。それは倭人伝に記載された方位の、どこまでが信頼できるものであり、どこまでは参考に止めるべきものであるかの判定資料となる。私の現在の居住地は千葉県市川市である。そこで市川市在住の人の何人も何人もに、よくよく知っている付近の都市の方向について質問してみたところ、非常に興味ある結果を発見した。それは、仙台とか広島とかの非常に長距離にある都市の方向を尋ねた場合はほとんど正確にその方向を答えるが、五〇キロ以内の都市については、正確な方向がいえない場合が多いということである。現代の人は付近の地図も全体の地図も相当見馴れており、ほとんど頭の中に入っているにもかかわらず、近距離の地については不正確な方位しか答えられないというのは実に不思議な気がする。しかしこの現象はどこででも、誰にでもあるものであるから、読者諸賢はそれぞれに実験し、確認していただきたい。試みに私自身が調査して、最も多く得た答えを次に挙げておくので、読者はまず地図を見ないでその答えの当否を自分で判定してみていただきたい。いずれも市川市からの方位である。
「大宮-北」「八王子-北西」「館山-南東」「銚子-北東」「千葉-東」「小田原-西」
実はこれらは全部誤りである。正確な答え(もちろん大体の方向)は次のとおりである。
「大宮-北西」「八王子-西(むしろ真西よりも南寄り)」「館山-南」「銚子-東」「千葉-南東」「小田原-南西」
これをもってわれわれは、五〇キロよりも近距離の土地については、いかに不正確にしかその方向をいえないか、全く驚かされる。一例を八王子にとって見ると、それは市川から見て真西よりむしろ南に若干寄っているのにかかわらず、大部分は北西と答えている。これを逆にいうと、「八王子から市川を見ると、真東よりもむしろ若干北に寄っている方向なのに、人々は南東であると思っている」ことになる。そこで、「東南に陸行すること五百里(四六・五キロ)、伊都国に至る」とあるのを、全く方向の不確かさを認めずに厳密な意味の東南と解釈したければたらないとすべきかどうかについて一つの結論が引き出されよう。
茂在寅男『古代日本の航海術』(小学館)154-155頁。

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